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 シンガポール日本人小学校を卒業し、中学校に入学する際に再び父親の転勤で群馬県高崎市へ引っ越し、高崎市立第一中学校に入学しました。

 

多くの友人に出会った中学・高校時代

 中学の時にはパソコン部に所属していました。所属していましたが、部活には行ったり行かなかったりで、友人と教室で過ごすことも多くありました。高校は地元の群馬県立高崎高校に進学し、一念発起して軟式テニス部に入部し、土日もテニス漬けでした。この時に出会った友人たちは今も帰省などの際に会う大切な友人たちです。

 

政治へ初めての怒り!

 中学の時に、九州の諫早湾干拓事業についての報道を見て、私の社会への認識は大きく変わりました。それまで漠然と「国とは国民にとって良いことをする存在」だと思っていました。しかし多くの反対の声を押し切り水門(ギロチン)で海を仕切る映像や、「漁業では食べていけない」と漁民をやめて建設業者になる人を他の漁民が責める姿を映した報道を見ました。

「国民の間に国が対立をつくるのか」と衝撃を受け、「国が国民の方を向いていない」と強く思うようになっていきました。

 

どうしたら国民のための政治が行われるのか?-模索・葛藤はつづく

 その他にも調べもの学習などをしたり、新聞やテレビでニュースに触れる中で、「どうしたら国民のための政治が行われるのか?」との模索を強めていきました。そうした時です。小泉首相(当時)が「自民党をぶっ壊す」と登場しました。国民を対立させる政治の執行者が自民党であったことから、彼の主張に「その通りだ!」と熱狂しました。

しかし1年、2年経っても変わり映えのしない政治の中身に落胆。その後登場した民主党にも「政権交代を!」という主張にはなるほどと感じたものの、その中身にはやはり期待が持てず、「政治は誰がやっても変わらない。日本の将来を真剣に考えている政治家はいない」と政治全体へのあきらめの気持ちを抱いていきました。

日本の政治を本当に変える道に出会うには大学に入るまで待たなければいけませんでした。

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